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zoom RSS 日本語を忘れた日本人?

<<   作成日時 : 2007/08/13 03:17   >>

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リンガ・エスプレッソのヤスロウです。

今回は、前回の「"I'm Japanese."」に関係した逸話をお届けしましょう。


私には以前日系2世(確か)の知り合いがいました。彼女は1世の両親の家庭で育ったものの、生まれも育ちもアメリカで、日本語は全くできませんでした。

そんな彼女のところに、親戚の子供が日本から遊びにやってきました。確か、5歳とか6歳とか、そういう歳だったように思います。その彼は、彼女が日本語が全く話せないと知り、彼女は「日本人じゃない。」と言い放ったそうです。

言われた彼女の方は、「私はれっきとしたJapaneseなのに、失礼だ。」とおかんむり。

もちろん、表面的に"Japanese American"という意味ではそうなのでしょうが、その次元を超えるなら、私はその子供の方に理があると思うのです。文化と言語は切り離せません。言語を逸した段階で、文化も大事な部分を失ってしまったと言わざるを得ないのではないでしょうか。そして、文化が民族的同一性の根幹にあるのは、誰も異論のないところだと思います。

それでいて、「自分はJapaneseだ」と、日本人に平気でidentifyできてしまう彼女は、私には驚きでした。彼女に残っているのは、単なる遺伝子による肉体的特徴と、両親から引き継いだいくらかの生活様式にしか過ぎないのに。


ところで、日系人に関しては、育った環境によっては奇妙なことが起こります。

私の別の知人で、日系2世のこれまた女性がいます。彼女の両親は、アメリカに移住する際、渡航に利用した氷川丸中で出会ったのだそうです。そうです、あの、今も横浜山下公園に係留されている、あの氷川丸です。

彼女はミルウォーキーで育ち、日本語は外国語として勉強し、一時期は教えてもいたものの、およそ流暢とはいえません。

日本文化と一口にいっても、時代が移るにつれどんどんと変わっていくのが世の常です。しかし、彼女が育った環境では、他の日本人は全くおらず、文化的に全く孤立していたそうです。そのため、新しい日本文化の影響を受けることがなく、結果として彼女はご両親の、古い純日本人的価値観を受け継いぐことになりました。もちろん、全てに関してそうというわけではなく、アメリカ文化も当然混入しているわけですが、いまだにときどき驚かせてくれます。

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えー、私の知り合いのアメリカ人は『i am Irish』とか『I'm Jewish』とかいいますよ(ジューイッシュは宗教的な団体なので、また質が違うのかもしれませんが)。
それに、いくらアメリカ育ちとはいえ、アジア人は『マイノリティ』で下手すれば差別的な目に遭う場合もなきにしもあらずなはず。『I am Japanese』と言いながら、帰属意識をもちたいという感覚はよくわかる気がします。でもそれと同時に、いやそれ以上に『自分はアメリカ人』という意識も実は強いと思いますよ。その辺のアイデンティティのぐらつきは、普通の日本人からは想像できないくらい複雑なのだと思います。
テレビっ子
2007/08/14 02:58

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