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リンガ・エスプレッソのヤスロウです。 本日は通算第3回目のスカイプキャストを開催しました(前回、同日に2回行ったので、今回は3回目です)。相変わらず、なかなか入れない、とか、途中で全員が放り出されてしまう、というような技術的問題がありましたが、全般的には成功したと言っていいと思います。特に今回はリナ講師とサム講師が最初から最後まで参加できたので、彼女たちの間の対話が前回とは違って新鮮だったかもしれません。録音を取ってありますので、いずれポッドキャストとして公開したいと思います。 ポッドキャストというと、そのサイトも基本的体裁が整ったと思うのですがいかがでしょう?でも…Internet Explorer 6ではちゃんとして見えるのですが、OperaとFirefoxでは右のサイドバーの背景がなぜか白色になって、同じ白色の文字が見えないような…。う〜。 さて、「英語はやっぱり英語圏で勉強しないと」と、当然のことかのように考えている人は多くいます。実際、語学研修ツアーの最大のキャッチフレーズとして使われています。 しかし果たしてそうなのでしょうか?このブログの内容の一つの大きな柱は、外国語学習のいわゆる「定説」を斬ることですが、これも斬ってみようと思います。 なお、以下の議論で、高校までの英語教育は日本で既に受けている成人を前提とします。 また、この記事は、以前の「英語圏で生活すれば英語は自動的に上達する?」の、いわば兄弟記事になり、内容の重複があります。 まず、いきなり結論から言うと、これは基本的に神話です。一般的に高いといわれている英語レベルまでは、日本で十分(しかもやる気があれば独力で)達することができます。それどころか、その方が変に英語圏でネイティブ・スピーカに習うよりも速く上達できる可能性があります。ただしその一方、英語圏にいないとどうしても習得が難しいことがあるのも事実です。 以下詳しく見ていきましょう。 英語習得の観点から見た英語圏に住むことの利点の一つは、生の英語に触れられることです。ですが、テクノロジーの発展によって、日本ででも生の英語に触れることが格段に容易になっています。 先人たちは、生の英語に触れられる場というと、洋画を放映する映画館しかなかったわけです。なので、彼らは手弁当持ち込みで一日中映画館にこもり、同じ映画を何回も見て英語力を鍛えたわけです。私自身は、そこまで苦労はしませんでしたが、私が学生の頃はまだ二ヶ国語放送が始まるか始まらないかの頃で、音声教材というとNHKのラジオ、テレビ講座が主でした。 それとはうって変わって、今はインターネットやケーブルTVの普及などで、英語圏のTV番組や映画が平気で日本でも簡単に24時間いつでも試聴できるようになりました。日本では生の英語に触れられない、という言い訳はもはや通じなくなっています。 そもそも、外国語を習得するためには膨大な知識や法則を頭に詰め込むステップを避けて通れません。その外国語に既にかなり習熟しているのでもなければ、これをその外国語を介して行うのは効率がよいとはいえません。母国語である日本語を介した方が理解のスピードが格段に速いでしょう。 外国語をその外国語を通じて教えるという、カナダ発祥のイマーション方式が有効であることは知られていますが、これらの成果は子供を対象として得られたことに注意すべきでしょう。「母国語を子供が習得するように英語を学ぶ? 」でも述べましたが、子供と大人では知識獲得のあり方に大きな違いあります。まだ詳しく調べていませんが、成人相手だとかえって効率が悪いというのが私の直感です。特に、典型的な語学研修で、クラスメートも外国人で、その訛りのきつい、誤りの多い英語に日々慣れることが、どれほど正しい英語の習得に貢献するかは疑わざるを得ません。 文法を一通りマスターし、基本的語彙を身につけるまでは、ある意味単調なドリルを繰り返すプロセスが必要になります。このプロセスを英語圏でやらなければならない理由、あるいはその方が効率がいいような理由は、後で述べる少数を除いて思い当りません。日本でも十分、しかもその気になれば一人でできます。 ネイティブ・スピーカの講師に習う利点はもちろんあります。 初〜中級者にとって最大の利点は発音でしょう。どうせ耳にするのなら正しい発音であるのに越したことがないのは言うまでもありません。ただし、発音のしかたを教えるのは、日本人講師のほうが適していることがあります。日本人講師だと日本語で説明できる分わかりやすいのと、日本人ならではの問題とその解決方法をよく理解しているからです。 私の運営するリンガ・エスプレッソでも、試行錯誤の結果、初心者から中級者の方には、私とネイティブ・スピーカの講師が交互に発音を教える形に今のところ落ち着いています。 他の利点もありますが、それはすぐ後に述べます。 ただし、念のため断っておくと、これらの利点は講師がネイティブ・スピーカであればいいだけで、英語圏に住む必要性はありません。 では、英語圏に住むことで得られる利点はないのかというと、もちろんそんなことはありません。最大の利点は文化的知識が得られることです。言語と文化は切り離せません。特定の言語を本当にマスターするには、その言語の背景となる文化を理解しなければなりません。こればかりは、実際住んでみないとなかなか体得できません。いかにたくさん本を読もうと、TV番組や映画を見ようと、自分がその場にいて実際に体験するのにはかないません。(なお、私がここで書く記事のうち「文化」というタグをつけたものは、この観点から興味深いトピックをとりあげているつもりです。) また、自然な表現を覚えられることも利点に挙げられると思います。文法的に正しく、かつ意味が意図した通りに伝わるという表現でも、他に決まり文句があるからという理由だけで奇妙に響く、ということはよくあります。 日本ででも、ネイティブ・スピーカに英語を習えば、これらの利点を得ることは可能です。ですが、やはりその効果は限定的になります。 上に見たように英語圏に住むことには大きな利点があるのですが、英語の基礎ができていない段階でそうすると、思うような効果が得られない可能性があります。理解力が乏しいため、断片的かつ不正確な知識を得る結果になってしまいがちなのです。しかも悲しいことに本人にはその認識すらないことが多いのです。本人は何か特別なことを知っているような気になっていて、得意満面でそういう知識を振り回すのですが、端から見ると滑稽です。 日本にいながらにして英検1級程度くらいまでは力をつけることは十分可能です。最終的に英語圏に出るにしても、効率だけに着目すると、その程度の実力をつけてからの方が結局効率的なのかもしれません もちろん、だからといって、海外の語学研修に参加することがまるっきり無意味だと言っているわけではありません。語学研修にはいろいろな側面があります。英語習得は、実はその一つに過ぎません。バケーション気分の人もいるでしょうし、異文化体験を楽しみたい、という人もいるでしょう。英語習得の側面だけに着目すると、本稿で述べたようにその有効性は疑わざるを得ないのですが、他の側面に価値を見出せるのであれば、総合的に見て価値があると判断できるかもしれません。それは一人一人の価値観次第です。 |
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