『この歳から始めて発音がよくなるわけがない』

リンガ・エスプレッソのヤスロウです。

2月9日に予定通りわれわれのはじめてのスカイプキャストを行いました。特に朝9時からの初回の方は技術的理由で開催が危ぶまれましたが、2回とも無事開催できました。参加してくださった方には、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。

2週間後の土曜日を目処に次回の準備を始めています。詳細が決まり次第、この場でまたご案内したいと思っています。

前回の録音も取ってあるので、これも何らかの形で公開したいと思っています。一つの案が分割してポッドキャスト(podcast)化です。もし日本のマーケットを前提にした無料のポッドキャスト・ホスティング・サービスでお勧めのがありましたら、是非教えてください。


さて、今回は発音の訓練について、いろいろと思うところを述べたいと思います。

さる四十代中頃の方が、私と発音の訓練について話しているとき、当たり前のことかのようにこのように言い放ちました:

「この歳から始めて発音がよくなるわけがない。」

私はこれを聞いて心底びっくりしました。

私自身はそんなふうに考えたことは一切なかったからです。聴覚や発声に物理的障害があるとか、既にボケているとかそういった認知上の問題がある場合を除くと、誰でもきちんと正しいやり方で訓練すれば何歳から始めようと必ず上達すると私は信じています。いまだになぜその方がそういう風なものの考え方をされたのか私には理解できません。

確かに、誤った癖を長年に渡って体に染み込ませてしまっている場合、新しい習慣を身につけるだけではなく、古い癖を除くこともしなくてはなりません。それが手間になるかもしれません(ちなみにこの点は、「動画・音声・文字でチャットすることは有益か?~インプット編」の後編の主たるポイントになります)。しかしそれでもできないというわけではなく、単に余計に手間・時間がかかるというだけです。

一般にわれわれの体力は通常20代前半をピークに後は落ちていくだけだと考えられていますが、そのピークを越えても正しくトレーニングすれば体力は伸びます。60代、70代になってもそうなのです。伸び幅が若いときほど大きくなかったり、トレーニングする上で怪我を起こさないために注意することが増えたりするのは事実ですが、しかし、体力が伸びることには変わりありません。私は外国語の発音は、フィジカルな側面が強く、いわばスポーツのようなものだと思っています。発音の訓練も、肉体の訓練と全く同じで、正しく行えば必ず効果があります。

試験前に、「どうせ勉強したってできっこないから」、とろくろく準備もせずに試験を受けて、案の定悪い成績が返ってきたら、「ほら、言った通りだ」と言っているような人が周りにいませんか?こういうのを"self-fulfilling prophecy"と表現したりしますが、こういった自己破壊的なまやかしに自ら陥らないようにしたいものです。

何か変化を起こしたいとき、もっとも大事なことは自分でそれが可能であると信じられることです。「可能だ」と思ってかかれば、それを起こすために必要な人やイベントが自然と起こってきます。まずはそこから始めましょう!


こちらがベストと思われる訓練を施しても、発音の上達のスピードにはやはり個人差が出てきます。上達の速い人は

既製概念を捨てて、素直に音を真似できる

という資質に優れています。つまり、物真似がうまい人は発音の上達も速いのです。これができる人は独力でも十分ネイティブに近いところまで到達できます。

ではそういう資質に恵まれなかったら駄目なのか?そんなことはありません。ただ、その場合は誰か分かる人がしつこくフィードバックをかけてやる必要があります。

私が教えている生徒さんの一人にたった2週間ほどで英語の音素を全てほぼ正確に発音できるようになった人がいます。この方は最初の一回のレッスンで R / L の発音の区別が基本的にできるようになった方で、私の経験の中でもさすがに例外的なケースだといわざるを得ませんが、こういったことも本人の資質と努力次第で可能だということです。

今「努力」と言いましたが、この方は本当に努力家で、いろいろお話を伺うと頭が下がります。


さて、リンガ・エスプレッソで英語を勉強しておられる生徒さんでかつて有名大手英会話学校に通っておられた方がおられます。その英会話学校は、ネィティブ・スピーカとの1対1のレッスンがウリだったそうですが(その点はわれわれと同じですね)、そのネィティブ・スピーカの講師たちが、発音の指導をしてくれることは稀だったそうです。

これには、いくつかの理由が考えられます。

最初は単なる怠慢です。その英会話学校では、その時間あいている講師からは誰からでもレッスンが取れる、いわゆる教習所方式を採用しています。一見よさげですが、特定の講師が生徒さんの成長に責任を持つわけではないので、上達させようという意欲が失せてしまいます。こういった問題は、「英会話学校の『教習所方式』」に詳しく述べました。

次は現実的見地からの理由が考えられます。発音の矯正にはどうしても時間がかかるので、他にもやることがある場合どうしても疎かになるところはあるでしょう。

また、日本に長く住んでいる人だと、日本人の訛りに慣れてしまって、それに対する違和感が薄れてしまう、という現実があります。つまり、彼ら自身何が正しいのかだんだんわからなくなって行くわけです。

さらに、角度を変えて、アメリカ人に限ると(日本にいようといまいと)、彼らは移民や外国人の英語に慣れているため、訛りがあっても意志疎通に支障がない程度であれば、我々よりずっと寛容なところがあります。多民族が仲良く暮らすという見地からはこれは大いに結構なことでしょうが、英語を教えるという点からはこれは望ましくありません。

これはリンガ・エスプレッソのアメリカ人講師たちにも当てはまることです。ですので、私は彼女たちにはこのことをじっくり説明して、厳しく発音の矯正をするよう口をすっぱくして指示しています。

それだけではなく、彼女たちには、生徒さんの発音の誤りを、本人にわかるように大げさに真似して見せるよう指示しています。これは彼女たちには心理的に難しいことなのです。なぜなら、そんなことをすれば、人の欠点をあげつらっているかのように感じられるからです。それはもっともなですし、そう感じる人たちでよかったと思いますが、それでも生徒さんの役に立つから、と敢えてそうするように伝えています。


今までの経験から、日本人成人に英語の発音を教える場合、最初は日本人講師がある程度のレベルまで引き上げておいてから、ネィティブ・スピーカーの講師が仕上げをする、というアプローチが結局効率がよいように今は思っています。よって現在では、リンガ・エスプレッソの生徒さんも、ある程度のレベルまでは、発音については私とネイティブ・スピーカの講師と1回ずつ交替して教えています。


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この記事へのコメント

こういち
2008年02月12日 04:40
僕も以前、発音は「口のまわりの筋肉のトレーニング」(でもきっと舌を動かすタイミングとかもあるでしょうけど)と大学の先輩かだれかに言われて、なるほど、じゃあスポーツみたいなもんだ、と思った記憶があります。
発音いいと、やっぱかっこよくっていいですよね。
それに、自分の言う事がしっかり伝わるし。その点が大事なので、僕がいってるアリゾナ大学(たぶん他の学校も)では、teaching assistantになる留学生向けに、発音矯正クラスがあります。ちゃんと単位つきで。
2008年02月12日 06:23
ああ、なるほど。そういうクラスがあるのはよいことですね。一時期外国人TAの発音の悪さが全米で問題になっていたので、その影響かもしれません。

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