キッズ・イングリッシュを提供するにあたって

リンガ・エスプレッソのヤスロウです。

前回からまた時間が開いてしまいました。私がなかなかブログに新しい記事を書けないでいる間に、リナ講師は自分のブログで、"Keep Rocking Those Bangs, Baby", "Writing About Literature", "Jane, Jane, Jane "と立て続けに新しい記事を投稿しました。興味のある方は是非ご覧下さい。

ただ、1本目は尋常でなく長い(あまりに長いので実は私はプリントアウトしてトイレに篭っている間に読みました)のでちょっと骨が折れるかもしれません。その代わり、彼女の髪型の変遷を詳細に書いているので、そういった関連の語彙を一気に身につけたいような人にはちょうどいいかもしれません。ちなみに、表題の "bang" は「前髪」の意味です。通常複数形で使われます。

2本目では、アメリカにおいて文学の授業がどういった形で行われているかを垣間見れるので、そういった点で面白いかもしれません。彼女が好きな芭蕉を題材にしています。

ちなみに、アメリカでは高校程度の授業でも俳句については扱うようで、haikuという言葉は意外とよく知られています。ここでちょっと本音を言うと、日本語での俳句を、いくら5音節、7音節、5音節、の定型を守りつつ英語に翻訳したところで、結局は別ものだと私は思っています。

それは日本語と英語の言語としての特性が全く違うからです。特に俳句のように音節数による型があるような表現形式について、音節と意味との関連が効いてきます。英語では1音節、2音節の単語が無数にあります。対して日本語ではそういった語は限られています。したがって、音節あたりに詰め込める意味は英語の方がずっと多いのです。その代わり、英語では日本語ほどは文要素の順序に自由度がありません。結果として、同じ5音節、7音節、5音節、の定型に従うにしても、その難しさは日本語の場合と英語の場合とで異なってきます。

したがって、日本語の俳句は本質的に英語に翻訳不可能で、よくて翻案でしょう。文学作品には必ずついて回る問題だともいえますが、俳句のような制限の強い定型詩については特にその問題が顕著だと言えましょう。リナのような日本語を知らない人が、「芭蕉の作品が好き」と言ったときには、それは「芭蕉の作品を○○という人が英語に翻案したものが好き」と言っているんだと頭の中で読み替える必要があります。


しょっぱなからいきなり余談ロードを爆走してしまいましたが、頑張って本題に戻そうと思います。

以前もこのブログで告知したように、キッズ・イングリッシュ(子供向け英語レッスン)を始めました。その後某子供英語教室チェーンから引き合いもあり、提携の話も現在進行しています。

まぁそれは結構なのですが、私には子供向けレッスンを提供するのに心の底で躊躇を感じている部分があります。それは、いわゆる教育ママが年端も行かない子供に詰め込みを行うのに荷担したくないからです。

幼い頃に英語の音を聞かせておかないと、一部の英語の音素を音レベルで判別できない、とされています。それに、特に英語で苦労した親からすると、自分の子供に同じ苦労はさせたくない、母国語を学ぶように苦労せずに学べるのならそれに越したことはない、という思いがあるのもよく理解できます。

しかり、それを差し引いても、行き過ぎちゃいまっか?と言いたくなる親が本当に多いのです。以前も、他の英語関係ブログを覗いてみたときに、教育ママのブログが目に付いた、と書きました。キッズ・イングリッシュを始めるにあたって、Mixiで幼児教育関係のコミュニティーを覗いてみると、真剣に理性を疑いたくなるような投稿が、これまた結構あるのです。

最たる例がこれです。これなど、正気の沙汰とはとても思えません。わずか2歳半の子供に中学受験を前提に詰め込み?塗り絵を嫌がったら創造性がない?…馬鹿も休み休み言え、教育が必要なのは貴様の腐った頭だ、と言いたくなります。どれほど異常かおわかりいただけるかと思います。こういう狂った親が、自分の子供とはいえ、人の人生を破壊していくのは見るに耐えません

ですので、キッズ・イングリッシュの生徒さんを採る上でも、親御さんの、「子供のため」という名目のエゴのプロジェクトの一部を担ってしまわないように気をつけています。

先日も、お問い合わせが一件あったのですが…。お話を聞いてみると、注文の多いこと、多いこと…。あっけにとられました。これは危険と判断してお断りしました。


子供の教育に親が注力し過ぎることの危険性は、それが一般によいことだと周りから誉めそやされることにあるのではないかと思います。しかし、周りも、そしてもちろん本人たちも、その本当の目的をしっかりと見極める必要があります。それが往々にして、単に親が自分の子供を利用して自分のエゴを満たそうとしているだけに過ぎないのではないでしょうか?

どの親も子の幸せは願うものでしょう。子が成長して成功して幸せになるためには、英語ができた方がいい、というのが最近の早期英語教育熱の一つの理由になっているのは間違いないと思います。

しかし、私はそういう単純な幸福観は本質を逸していると思うのです。幸せとは、個人によって根本的に違うものであり、そういう外的要素で一様に規定できるものではありません。多くの人が、親が規定した、先生が規定した、社会に規定された、つまり他人が決めた「幸せ」を追うという間違いを犯しています。そのようなことをいくらしたところで、幸せは決して掴めません。そのような「幸せ」は、自分の本当の幸せとは全く無縁ですから、至極当たり前の結果です。

私は、そのような近視眼的で単純な幸福観にもとづいて、早期英語教育を熱心にやってもあまり本質的な意味はないのじゃないかと思うのです。親が子に贈ることのできる最大のプレゼントとは、そんなことよりもむしろ、「自分にとっての幸せを、それがどのようなものであれ、貪欲に追求してよいのだ、それが仮に社会通念に反しても」ということを自ら実行して示すことではないのでしょうか?そういう親を見て育った子は、当然のように自分の幸せの姿を自ら探して、それを追求していけるでしょう。

それを実践している人が果たして子供の教育に100%入れ込んでしまうでしょうか?私はそうはならないと思います。なぜなら、そういう人は自分の人生を豊かにするのに忙いからです。子供の教育に夢中になってしまっている人は、一度立ち止まって、このことをよく吟味して欲しいものだと思います。

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この記事へのコメント

yellow
2008年04月14日 08:28
ヤスロウさんの俳句英語談義から、子供教育はたまた子育てにいたるご意見、いつもながらに関心します。
世の理性を疑う親にどんどん言ってやってくださ~い! 俳句に関しては、先生からの提案で、英語で俳句をしてみた事がありました、やはりおっしゃる>英語では日本語ほどは文要素の順序に自由度がありません<を実感しました。川柳なんて面白いものもありますし・・英語を英語で考えると同じく、日本語は日本語で楽しんで頂きたい。
2008年04月14日 09:23
そうですね、英語を外国語として学んだ日本人が英語式haikuをやるのは非常に難しいと思います。白状すると、私もhaikuに限らず、詩全般が苦手です。書くのも読むのも。

ところでYellowさんがお読みになったときにはこの記事はまだ完成していなかったと思うので(途中で間違って「投稿」ボタンを押してしまいました (^^;; )、よろしかったら特に最後の部分を再度ご覧下さい。その時点ではまだ存在してなかったと思います。
yellow
2008年04月14日 10:47
ほんとだ・・
実際、子の為として毎日塾を課している親御さんがいらっしゃいます、子供によっては自分で復習したり勉強したりする時間が持てず、ただ追われていって自滅するケースもあり、痛々しくて見ていられません。しかしこちらから意見も出来ずどうしたものかと・・
私は迷わず「きつかったらここを辞めていいのよ」って言ってますが・・それも親切なのかどうか・・
 親御さんはきっと、良かれと思って、いろいろやらせているんです・・、親だって子育てに必死なんですから。
2008年04月14日 18:28
いや、それは大いに結構だと思いますよ。もっともきちんと助けようとするともっとengageしないといけなくなりますが、それがYellowさんの職分の範囲かどうかは判断が難しくなるのでしょうね。

おそらくお察しのこととは思いますが、私は「よかれと思ってやったのだから」という言い訳が大嫌いです。The road to hell is paved with good intentions. という表現がありますが、私は本当にその通りで、よかれと思って、などと言うような人こそがえてして最悪の結果をもたらす、と思っています(ただし、この表現の解釈は、これ以外もあるようです)。親には、自分の子供とは言っても突き詰めると他人であって、その人の幸せのあり方は自分に推し量りきれるものではない、という認識を最低限持って欲しいと私は思います。そういう認識が社会一般に広がれば、記事本文中に例として挙げたような異常な親は多少は減るのではないかと思うのですが、いかがでしょう。
yellow
2008年04月14日 19:52
どんなに可愛くても所詮他人の子、第三者が立ち入る事などできません。しかし言えるのは、親なんて大したこと出来ないんですよ、結局選ぶのはその子自身、どこまでも親が付いて行ける訳じゃなし。親に出来る事って、ヤスロウさんの仰る>親が子に贈ることのできる最大のプレゼントとは、「自分にとっての幸せを、それがどのようなものであれ、貪欲に追求してよいのだ、それが仮に社会通念に反しても」ということを自ら実行して示すこと<結局そこなのです、その背中を見て彼等が学んでくれたら、親はちゃんと仕事をしたと言えるのかも・・時間はかかりますが
2008年04月15日 06:04
私自身は、もっと社会全体で積極的に他人の子育てにも介入してもよいのではないかと思っています。もっとも、現状の我々一般の意識の低さからすると、今そういうことを導入しても破綻するだけでしょうけど。

子育てに限らないと思いますが、もし他人を幸せにしたかったら、まず自分が幸せにならないといけない、これに尽きますね。
よたろう
2008年04月20日 22:24
私も、まず自分が幸せになることが大切、という、その意見に賛成です。
幸せでない親に育てられた私は、自分が幸せになろうとするあまり、もしかしたら間違った方に行ってしまったのかもしれませんが・・・
2008年04月24日 22:12
よたろうさんがそれで自分の幸せを達成できたのなら、それはむしろ大成功なのではないでしょうか?

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