千葉大学が海外留学を必修化

千葉大学が海外留学を必修化することが報じられ,私の周りでもそのことがよく話題になっています。この記事によれば,2020年度以降の学部・大学院の全入学者を対象に、理系・文系を問わず原則として1回,最長2カ月程度の海外留学を必修化する,というのが骨子です。

この制度に対する私の意見は,端的には「その『留学』を契機に大きく成長する人が現れる可能性は否定できないものの,基本話題作りのための小賢しい小細工」,なんですが,この記事ではその理由を,A. 学業・研究をする,B. 語学を修める, C. 視野を広げる,の3点の考えられる効果をそれぞれ検討し,述べて行きたいと思います。

なお,いちいち断りませんが,以下ではあくまで「大多数の千葉大学生に当てはまるであろうこと」について述べており,例外がありえることは全く否定していません。さらに,千葉大では「台湾やタイ、韓国」も「留学」対象国になるようなことを言っています。この場合,授業等でどの言語でコミュニケーションを図ることを想定しているのか私にはわかりません。以下では英語圏への留学を前提に話をしますが,この前提が当てはまらない場合大幅に事情が変わる可能性もあります。

まず,学業・研究の点から。"千葉大学が海外留学の必修化を発表 授業料の値上げ検討や苦学生の負担に懸念の声も"にもあるように,最長2ヶ月ではせいぜい語学研修程度の期待しかできないでしょう。大学・大学院の外国語での授業についていったり,質疑や議論ができるには相当に高度な語学力が求められます。以下,私が直接わかる英語に限定した話になりますが,英検であれば最低準1級,できれば1級程度の力でしょうか。TOEICは英語力の指標としては当てにならないのですが,あえてTOEICスコアでいうなら900点以上でしょうか。アメリカの大学・大学院に通常ルートで留学したい場合であれば,TOEFLや,最近だとイギリス発のIELTSのスコアでこれを証明することが要求されます。

このレベルが留学(留学ではなく)に要求されるわけですからいかにハードルが高いかがおわかりいただけると思いますー本当に授業や研究活動に参加したりするつもりなら,ですが。千葉大では,語学力を強化するためのプログラムやスタッフを用意する,としていますが,さて,どうでしょう。私は非常に懐疑的です。

学部生を例に取るなら,千葉大クラスの学生なら,1年間みっちり教えればそのレベルに到達する人たちが出てくる可能性があります。しかし,それは本当にみっちりでなければならず,週1回90分のクラス,などではとてもじゃないですが無理です。ほぼ毎日のクラスに大量の宿題,かつ頻繁にテストして所定以上の成績をあげられない学生は落第…ぐらいやらないとダメです。発音についてはたいがいの学生において,プライベートでの訓練も必要になってくるでしょう。期間の問題はさておき,留学プログラムはそこに至るまでのしっかりとした語学教育プログラムとセットになって初めて意味があります(後でこの点について国際教養大学と比較します)。特に語学に秀でた学生や全般的に秀でた学生を集めた大学でもなければ,日本の一般的大学では留学プログラムありきで,おまけで語学教育プログラムをやろうとする段階でもう失敗なのです

そもそも「発信力や自己表現力・コミュニケーション力を備え、世界で活躍する『グローバル人材』の育成を進めたい」と大風呂敷を広げておきながら,その実「留学」期間は「1週間から2か月まで」という設定をした段階で,彼ら自身が結果を期待していないことが伺えます。たった1週間で一体何ができるというのでしょう?「興味がない?いいよいいよ,1週間だけでお茶を濁してもらえるようになってるから。それで『留学しました』って言えるんだから悪い話じゃないでしょ?」…などという声が聞こえてきそうです。

というわけで,学業・研究の点ではほとんど無意味だと予想されるということがわかりました。さて,では語学の観点からはどの程度意義があるでしょうか?1週間だと何をどうしても観光旅行以上の意義を見出すのが難しいわけですが,最長の2ヶ月間使えるとすると,上にも述べたように語学研修程度の意義はあるかと思われます。既にご説明したように,どうせ大半の生徒がクラス受講・研究参加のための英語力は持ってないわけですから,変に色気を出さず語学研修だと割り切って,それに真っ向取り組んだ方がまだ有意義ではないでしょうか。もちろん英語圏でやったから飛躍的に英語力が伸びるわけでもなんでもありませんが,ちゃんとやればやった分の効果はあるでしょう。よく誤解のあるところですが,英語圏で勉強したから,あるいはネイティブ・スピーカーに教わったから,といって習得が加速したりはしません。学ばなくてはならないことは,日本にいようが英語圏にいようが,あるいは日本人に教わろうがネイティブ・スピーカーから学ぼうが,一緒なのです。

ただ,そのコスパまで考えるとそれがいい方法か疑わしくなります。「アジア圏なら、2週間で約16万円の費用がかかる試算も」などと言っています。「たった2週間で高いなぁ」が私の個人的感想ですが,これは逆に「アジア圏に留学だったらこれだけ安く抑えられる」と主張するために出された数字です。しかし,それならいっそのこと日本で16万円使ったほうがよほどいい教育を受けられます。いい教師やスクールを探す必要はありますが。

最後の検討点は,視野を広げる機会としての観点です。これについては一定の効果はあるでしょう。結局観光ツアー状態にまで落ちたとしても,海外に出たことのない人の視野を広げる効果はある程度は期待できます。ただ,学校なりの外部サポートがあればあるほど,敷居が低くなる一方,その意義が損なわれていきます。自分で情報集めて,場合によっては現地の人とやりとりしながら自分でなんとかする,といったプロセスを通じて,いろんなことを学んでいくものですが,周りがお膳立てしてくれるのであればそれすらせず,結果的に貴重な学びの機会を失ってしまうのではないかと危惧されます。皮肉ですね。費用の点からは,どうしても10万円以上はかかるであろう「実質海外旅行」を強制することについては当然賛否があるでしょう。

私の意見は以上です。少子化で大学を含め教育機関は生き残りに必死であるというのはよく理解しています。もし私が当事者であっても,なんとか学生を集めるための目玉をひねり出そうと,大いに頭を悩ますことであろうことは間違いありません。しかし,そのような同情的観点からしても,今回の千葉大の策は,いかんせん付け焼刃的で薄っぺらなギミックといわざるをえません。

この点英語教育に関して大胆なアプローチを取っている国際教養大学と比較・対象するとより鮮明になります。私もかつて非常勤講師を勤めさせていただいた国際教養大学が成功しているのは,単に1年間の留学を必須としているからだけではありません。基本全ての授業が英語で行われるだけでなく,入学後英語を集中的に鍛えるなど,いわば「全方位的アプローチ」を取っているからです("学生200人に求人が殺到 秋田・国際教養大はなぜ人気|出世ナビ|NIKKEI STYLE")。私が上で千葉大学でやるべきだといったような「みっちりとした英語教育」を実際に実践しているのです。「ダメ学生は落第」まで含めて,です(正確には,英語力がある基準を超えないと前に進めない)。そこまで大胆で思い切ったことをやっているので成果が上がっているのです。逆にそこまでやらなければ成果は期待できません。

最後に余談として,この件について考える上で見つけた以下の記事について批判を加えたいと思います:"上限2カ月? 取得単位ゼロ? 日本型留学は周回遅れ"。日本版ニューズウィークの記事だからと期待して読むと,「あれ?」と思う内容になっています。

著者の主張を要約すると,「最長2ヶ月など中途半端な期間にするのではなく,もっと長くしてしっかり単位取得させよ」となります。さらにそれをしない理由は,他大学で取得した単位も認める「単位交換制度」を日本で行うとすると事務作業が煩雑になる,という事情があるからではないか,と推測もしています。

筆者の主張には,それが実現できるならそれに越したことはない,という意味では異論ありません。しかし,単位認定云々以前に,そもそも海外に留学できるだけの語学力を持つ学生が日本にはごく少数しかおらず,通常ルートでは留学できっこない,という現実に対する配慮がすっぽり抜けています。この点でその論は片手落ちと言わざるをえません。一部の優秀な学生が選択的に利用する制度についての話ならそれでも構わないのですが,千葉大の全員強制制度が話の出発点ですので,この点は無視できない重要な課題として扱わなければならないはずです。つまり,この著者の論は,現実を無視した理想論に終始してしまっています。例えるなら,所持金が100円しかないという現実があるときに,1万円あったらどう使うべきかを議論しているようなものでしょう。

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