日本語力は確かに英語力向上のために必要,だが…

リンガ・エスプレッソのヤスロウです。


"英語が苦手な人ほど「実は日本語が残念」な現実 | 英語学習 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準" という記事を偶然目にしました。私自身も以前より,一般的に日本人については,真に使える,つまりコミュニケーションを成立させられるだけの英語力を身につけられるためには,日本語力が必須だと考えてきました。もちろん,英語に関して正しい発音ができる上,基本的語彙力,文法力は既に身につけている,という前提ですので,中級以上の方向けの話です。私がここで言う「日本語力」とは,母語である日本語をきちんと理解していて,様々な表現の可能性を探索できるために,自由に運用できる能力です。先の記事も,そういう内容かと思って読んでみると,どうも違うようです。

なお,冒頭の記事は,本の抜粋のようです。記事もその本の作者本人によるもののようです。以下「作者」はこの方を指します。私は本の方を読んだわけではありませんので,あくまで記事単独に対する私の感想です。

さて,記事では大まかに,作者の言うところの「日本語の力」が英語力向上に以下の3つの点で貢献するとしています。なお,表現は私の方でより明瞭にしたつもりです。
  1. 単語の幅のある語義を記憶する(記事2ページ目3ページ目
  2. 語根の知識から語義を推測する(3ページ目
  3. 日本語の語彙に対する不正確な理解を正す(4ページ目
この中で私がまあまあ同意できるのは3点目のみです。1点目,2点目は本質を逸しています。以下なぜ私がそう考えるかご説明していきます。

まず3点目を先に片付けましょう。日本語が母語である以上,何かを表現しようとした際,我々の頭に最初に想起されるのは日本語です。また,(「東大」,「東大」と言っているので)大学入試試験における和文英訳問題の場合も,和文が提示されるわけです。こういった場合,その日本語に対する理解が不正確なのであれば,そこから正しく英語に変換できようがありません。その意味では作者の主張に同意できます。ただ,作者が言わんとしているのは,どちらかというと,日本語云々というより,英語の類義語の使い分け,あるいはもっと一般的に,単に英語の語彙力をしっかりつける,という話ではないかと思われます。

戻って1点目について。英語,日本語に限らずあらゆる自然言語において,特定の意味を持っていた語が流用されて,結果さまざまな意味を持つようになる,ということは普遍的に見られる現象です。これらの意味の間には,今となってはもともと繋がりがあったとはにわかには信じられないようなものもあります。核となっている意味を捉えられれば,そこから派生した語義も覚えやすい,というのはその通りですが,その派生の過程はえてして恣意的であり,言われれば「なるほど」と思えるとしても,自分で推測できるとは限りません。それを可能にするのは「日本語の力」でもありません

例をあげてみます。同じ語なのに全く異なるように見える語義を持つ語の例が"battery" です。「電池」の意味の語としてご存知の場合が多いでしょうが,その他にも「(何らかの)一組・一連・一軍」(野球での投手と捕手を合わせて言う「バッテリー」もこの一種),「殴打(すること)」,「砲兵中退/砲列」といった意味があります。元々は「打つ」という意味のフランス語から来た言葉だと理解できると,今はおよそ関係のないように見える語義が実は繋がっているということが理解できます。

"Battery"が,元々「打つ」から来ているから,と,「殴打」という語義であったり,「砲列」という語義を持つというところぐらいまではまだ推測できたとしても,砲列が順序よく並んでいるので同様に並べて使われる「電池」の意味も持つようになった,というのは,これは言われなければとても思いつけようがありません。

余談ですが,似通った綴りの"batter"は野球での「バッター」という意味以外に,パンケーキや天ぷらを作る際に小麦粉などを水に溶いて作る「生地」の意味もあります。この語も"battery"と同じく「打つ」という意味のフランス語から来ています。"Batter"も実は"battery"の関連語だと理解できると,記憶にも残りやすくなるでしょう。

作者の主張2点目についても同じような問題があります。記事中では「語根」という言葉を出していませんが,作者の主張は語根の知識を活かしましょうという話です。語根の知識はもちろん大いに有用です。私も過去に語根の知識の重要性を「単語集の選び方・作り方 1/2」と「単語集の選び方・作り方 2/2」でご説明しています。語根の知識があれば語義を覚えやすいのは間違いありませんが,かといって語根を知っていればそれらを含む語の意味が推測できるというわけではありません。この推測も日本語の力によるものではありません

これも例を上げてみます。"Tenure"という語があります。アメリカでは大学教授職について,年限がないことが意味します。言い換えると,tenureが得られるまで,大学の先生は年限が来るたび他の大学等に職を探して点々とする必要があるのです。"Tenure"はラテン語の「保持」という語から来ています。フランス語をご存じの方であれば "tenir" という動詞を思い出していただくとわかりよいでしょう。職が保持できるから年限なしの教授職の意味,というのは,言われてみれば「ガッテン!」かもしれません。しかし,単に語根的に「保持」の意味から来ている,という知識だけからは,現在の"tenure"の意味はまず思いつけません。

作者の主張1点目と2点目は,それぞれ,「単語の語義の核を見出してそこからの派生的語義も理解する」,「語根の知識を活用する」と解釈するのであればその通りです。しかし,それら双方とも,決して日本語の力によるものではないのです。

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